決められた時間の中で仕上げきる訓練を何度も重ねた先に残る静かな手応え

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針の音を聞きながら手を動かしていた日々

決められた時間の中で仕上げる訓練が始まった日から、実習室の空気が少し変わったのを覚えています。壁の時計へ目をやる回数が増えて、手を動かしながら残りを数えている自分に何度も気づきました。

最初のころは、急ごうとするほど手元が乱れてしまい、かえって直しのほうへ時間を取られていました。速さを求めた動きは正しさから離れやすいのだと、仕上がりを並べて見比べたときに教わりました。

途中で焦りが出てきたときには、いったん手を止めて、残りの工程を数え直すようにと言われます。数えてみると案外足りていることが多く、それだけで手つきが落ち着いてくるから不思議なものです。

終わりの合図がかかった時点で手を離す決まりなので、途中でも器へ移すところまでを目指します。最後まで運びきれなかった日の悔しさは、次に台へ立つときの支度をいつもより早めてくれました。

終わりの時刻から逆に組み立てるという習わし

やがて教わったのが、始まりから順に足していくのではなく、終わりの時刻から逆に組む考え方でした。提出の姿を先に置いてから、その手前に必要な工程を並べていくと、抜けにくい形ができあがります。

逆から組んでみると、待つだけの時間がどこにあるのかが、思っていたよりもはっきりと見えました。その空いた時間へ別の作業を寄せておけば、終わりの近くで慌てる場面をずいぶん減らせるはずです。

組み立てた順番は、始まる前に紙の端へ短く書いておくと、途中で見返すことができて助かります。頭の中だけで持っていると、焦ったときに崩れてしまい、どこまで進んだのかも分からなくなります。

調理師専門学校でこの訓練が続くのは、資格の実技にも決められた時間があるからだと聞きました。料理は待ってくれる相手ばかりではないという当たり前を、実習の中で体に入れているのだと思います。

まとめ

決められた時間の中で仕上げきる訓練は、速く動く力ではなく、時間を組み立てる力を育てるためのものでした。急ぐほどに乱れてしまうという当たり前を通り過ぎてから、ようやくその意味が体で分かるようになってきました。

終わりの姿を先に置いて、そこから手前へたどりながら順番を並べるという習わしは、今も手元に残っています。紙の端に並べた短い言葉を見返しながら手を動かした時間が、そのまま自分の段取りの形になっているようです。

終わりの合図とともに手を離した瞬間の、あの張りつめた空気が抜けていく感じは、今でもはっきりと思い出せます。仕上がりの出来ばえそのものよりも、時間と向き合いきったという記憶のほうが、静かに残り続けているようです。

Goffredo