盛り付けを最後まで後回しにして悔やんだ日から変わった実習台の上の手順
盛り付けを最後まで後回しにしてしまった日
盛り付けは仕上げの作業だと思い込んでいたため、はじめのころは何の準備もしていませんでした。火を止めてから器を探しはじめて、そのあいだに料理が冷めていくのを見ているしかありませんでした。
棚から取り出した器は、そのときの手元にある中で大きさの合わないものばかりが残っていました。広すぎる器に少しだけ載せる形になってしまい、見た目が寂しくなったことを今でも覚えています。
焦りながら器へ並べたせいで、ふちに汁の跡がついたままの状態で提出してしまったこともありました。拭き取るための布巾を用意していなかったため、そこまで手が回らないまま出すことになりました。
高さを出すという言葉の意味についても、そのときはまだ体で分かっていなかったように思います。平らに広げて置いただけの皿は、同じ材料を使った同級生の皿と比べて、明らかに沈んで見えました。
器を選ぶところから始めると決めてからの変化
次の実習からは、火にかける前に使う器を選んで台の上に出しておくという形へ切り替えてみました。器が先に決まっていると、仕上がりの姿を思い描きながら切ることができ、大きさの迷いも減ります。
器を温めたり冷やしたりする支度も、待ち時間の中でまとめて済ませられるようになっていきました。仕上げの段階で慌てなくなったおかげで、盛る手つきそのものが落ち着いてきたように感じています。
拭き取るための布巾を、盛り付けのために別の一枚として用意しておく習慣もそこで身につきました。ふちについた跡をその場で始末できるようになり、提出する前に見直す余裕まで生まれてきています。
調理師専門学校では、盛り付けまで含めて資格の実技が組まれていると教わり、見方が変わりました。料理は器に納まった姿で人の前に出るのだと分かってから、練習に向かう気持ちも変わっていきました。
まとめ
盛り付けを最後の最後まで後回しにしてしまった日のことは、悔しさとともに今もはっきりと記憶に残っています。あの日の自分に足りていなかったのは手の技術ではなく、仕上がりの姿を先に決めておくという段取りの部分でした。
器を先に選ぶ、支度を待ち時間へ寄せる、布巾をもう一枚別に置くという三つを変えただけで景色が変わりました。どれも特別な道具のいらない工夫ばかりなので、思い立った日からすぐに試せるという点でも助けられています。
同じ後悔を重ねる前に、仕上げの場面を作業の最後ではなく、はじめの計画の中へ置いてみてほしいと思います。最後の一手に余裕が残っていれば、料理の見え方も、作った時間の思い出し方も違ってくるように感じています。調理師専門学校のことならこちら