未経験の社会人だった私が調理師専門学校で夢を叶えるまでの正直な告白

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正直に打ち明けます私が回り道の末に料理の道を志した本当の理由

実は長い間、誰にも打ち明けられずに胸の奥へそっとしまい込んでいた願いがありました。台所に立つたびに立ちのぼる湯気、鍋の中で色づいていく食材、その一つひとつが私の心を静かに揺さぶり続けていたのです。

会社勤めをしていた頃の私は、毎日をそつなくこなしながらも、どこか満たされない気持ちを抱えていました。休日に家族へ手作りの一皿を出すと、その表情がふっとほころぶ瞬間があり、その笑顔だけが私にとって何よりの報酬のように感じられたのです。

けれども当時の私は、こう思い込んでいました。もう若くはないのだから、今さら未経験で新しい世界へ飛び込むなど無謀にすぎる、と。周囲の目や生活の安定を天秤にかけては、自分に言い訳を重ねる日々が続いていたのです。

そんなある夜、遅くまで残った仕事を終えて帰宅し、冷めた食卓を前にしたとき、ふと胸の底から声が聞こえた気がしました。このまま思いに蓋をして年を重ねていって、本当に悔いは残らないのだろうか、という問いかけでした。

正直に告白すると、その問いに答えを出すまでには、ずいぶんと長い時間がかかりました。何度も紙に思いを書き出しては消し、また書き出すという夜を繰り返し、ようやく自分の本心と静かに向き合えるようになったのです。

私が心から望んでいたのは、地位でも名声でもなく、湯気の向こうで誰かが幸せそうに箸を進める、あの温かな光景の中に身を置くことでした。料理を通じて人の心を満たす仕事に就きたい、そう素直に願っている自分がそこにいたのです。

回り道の末にたどり着いたこの願いは、決して衝動ではありませんでした。むしろ長い年月をかけて熟成された、揺るがない思いだったのだと今なら胸を張って言えます。だからこそ私は、もう自分をごまかさないと静かに決めたのでした。

決意を固めたあの日から、私の毎日は少しずつ色合いを変えていきました。通勤路で目に入る飲食の看板や、家族と囲む何気ない食卓さえも、これから進む道の予感をはらんだ景色として、以前とはまるで違う輝きを帯びて見えるようになったのです。

この告白から始まる歩みが、かつての私と同じように迷っている誰かの背中を、そっと押すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。年齢や経歴を理由に夢へ蓋をしている方へ、まずは私の正直な道のりをお伝えしたいのです。

年齢は壁ではないと気づかせてくれた学び直しの温かな環境

新しい世界へ足を踏み入れると決めたとき、真っ先に私の胸をよぎったのは、周囲との年齢差への不安でした。自分よりずっと若い方々に囲まれて、うまく溶け込めるのだろうかと、扉の前で幾度も足がすくんだのを覚えています。

ところが実際に学びの場へ通い始めてみると、その不安は驚くほどあっさりと溶けていきました。そこには、十代の方もいれば、私のように別の仕事を経てきた方も、子育てを一区切りつけて再び挑む方も、実に多彩な顔ぶれがそろっていたのです。

調理師専門学校という場所は、年齢や経歴で人を測ることをしません。だれもが同じ調理服に袖を通し、同じまな板の前に立ち、同じ火加減と真剣に向き合う、その瞬間においては全員が等しく学ぶ者なのだと肌で感じられました。

指導にあたってくださる方々の姿勢も、私の心を大きく解きほぐしてくれました。基礎の一つひとつを、決して急かさず、つまずいた点には何度でも寄り添って向き合ってくださる、その温かなまなざしに私は幾度となく救われたのです。

包丁の握り方すら覚束なかった私に、ある指導者は静かにこう語りかけてくれました。人より遅く始めたことは、決して恥ずべきことではなく、むしろ人生の重ねてきた分だけ味わいの深い一皿を生み出せる強みなのだ、と。

その言葉を聞いた瞬間、これまで年齢を言い訳にしてきた自分が、少しだけ愚かしく、そして少しだけ愛おしく思えました。学び直しに遅すぎるという時期などなく、志したその日がいつでも出発点になるのだと胸に刻んだのです。

教室に流れる空気は、競い合うよりも支え合う色合いに満ちていました。誰かがうまくいけば自分のことのように喜び、誰かが落ち込めばそっと声をかける、そんなやわらかな結びつきが、通うたびに私の緊張を少しずつほどいてくれたのです。

休憩の合間に交わす何気ない会話も、私にとっては大切なひとときでした。世代の違う相手から流行の味つけを教わり、こちらは家庭で培った知恵を返す、そんなやりとりの中で、互いの持ち味を認め合う心地よさを日ごとに味わっていったのです。

こうして私は、年齢という思い込みの壁が、実は自分の心が勝手に築いていたものだったと気づかされました。温かな環境に包まれるうちに、遅れて始めた歩みにも確かな意味があるのだと、心の底から信じられるようになったのです。

実は不安でいっぱいだった資格取得と基礎から積み上げる技術

学びが進むにつれて、私の前には避けて通れない一つの目標が姿を現しました。それは、調理の世界で確かな土台となる資格を手にすることであり、正直に言えば、その響きだけで私は少なからず身構えてしまっていたのです。

長らく机に向かう習慣から遠ざかっていた私にとって、専門的な知識を頭へ入れる作業は、想像していた以上に骨の折れるものでした。食材の性質や衛生の考え方、栄養にまつわる決まりごとなど、覚えるべきことは幅広く奥深いものだったのです。

夜、仕事や家事を終えて眠気と闘いながら教本を開くたび、若い頃のように頭が回らない自分に、ため息をこぼした晩も一度や二度ではありませんでした。それでも私は、一日に一つずつでいいと自分へ言い聞かせ、歩みを止めませんでした。

机上の学びと並行して、手を動かす稽古も日ごとに深まっていきました。だしの引き方一つをとっても、火の入れ具合や時の見極めで香りがまるで違ってくることを知り、料理とは科学であり同時に情のこもった営みなのだと痛感したのです。

何度も失敗を重ねました。焦がしてしまった鍋、切りそろえられない野菜、思うように仕上がらない一皿を前に、自分には向いていないのではと弱気になった日もあります。けれど失敗のたびに、なぜそうなったのかを問い直す癖がついていきました。

基礎を丁寧に積み上げていくうちに、ある日ふと、これまでばらばらだった知識と技術が一本の線でつながる感覚が訪れました。理屈で理解したことが手の動きと結びつき、狙った味へ近づけられたときの喜びは、何ものにも代えがたいものでした。

資格へ向けた学びは、単なる肩書きを得るための道のりではありませんでした。それは、自分の腕と知識に静かな自信を宿らせ、これから先も学び続けていくための確かな幹を、私の内側に育ててくれる時間だったのだと感じています。

覚えた知識は、日々の稽古の中で幾度も実感へと結びついていきました。なぜこの下ごしらえが必要なのか、なぜこの順で火を入れるのか、その理由を腑に落として手を動かすと、仕上がりの安定感がまるで違ってくることに私は静かな手応えを覚えたのです。

不安でいっぱいだったはずの挑戦が、いつしか私にとって、日々の張り合いへと姿を変えていました。一つ越えるごとに視界がひらけ、次の課題へ手を伸ばしたくなる、そんな前向きな循環の中に、気づけば私はすっかり身を置いていたのです。

働きながら学ぶ社会人が時間をやりくりして通い続けた日々

私が挑んだ道には、若い方々とは少しばかり異なる事情がありました。生活を支えるための務めを続けながら学ぶという、時間との絶え間ない折り合いをつける日々が、そこには待ち構えていたのです。

朝はいつもより早く起き、通勤の間に教本へ目を通し、昼の休みには前日に学んだ手順を頭の中でなぞる、そんな細切れの時間を寄せ集めるように、私は学びを暮らしへ織り込んでいきました。決して楽な毎日ではありませんでした。

務めを終えたその足で学びの場へ向かい、へとへとになって帰宅する夜も少なくありませんでした。それでも不思議と、疲れよりも充実感のほうが勝っていたのは、自分が本当に望んだ道を進んでいるという実感があったからだと思います。

家族の理解と支えも、私の背中を確かに押してくれました。夢を語る私に、無理をしすぎないでと案じながらも、休日に台所を占領して稽古に励む姿を、あきれ半分、応援半分で見守ってくれたことには、今も深く感謝しています。

時間が限られているという制約は、かえって私の集中を研ぎ澄ませてくれました。ひと握りの時間だからこそ無駄にはできないと、一回一回の稽古へ全神経を注ぐようになり、その密度の濃さが上達を思わぬ早さで後押ししてくれたのです。

社会で積んできた経験も、決して無駄にはなりませんでした。段取りを組み立てる力や、限られた条件の中で最善を尽くす習慣は、複数の工程を同時にさばく調理の現場で、思いがけず私を助けてくれる頼もしい武器となったのです。

もちろん、投げ出したくなる瞬間がなかったといえば嘘になります。眠りが足りず判断が鈍る朝や、思うように腕が伸びずに焦る夜、その一つひとつを、なぜ始めたのかという初心に立ち返ることで、私は静かに乗り越えていきました。

疲れて帰った夜に、それでも一品だけはと台所に立った時間も、今思えば得がたい稽古の場でした。誰に見られるわけでもない一皿へ丁寧に向き合ううちに、料理とは他人のためだけでなく、自分自身の心を整える営みでもあるのだと気づかされたのです。

働きながら学ぶという歩みは、平坦ではないぶん、一歩ごとの重みが違いました。自分で選び取り、自分で時間を捻り出して進んだからこそ、身についたものはより深く根を張り、これから先も揺らぐことのない財産になったと信じています。

踏み出す勇気をくれたのは同じ夢を見つめる仲間たちでした

どれほど強い願いを抱いていても、人はときに、たった一人では心細くて足がすくむものです。私にとって、その細さを支え、確かな勇気へ変えてくれたのは、同じ夢を見つめて隣を歩む仲間たちの存在にほかなりませんでした。

年齢も歩んできた道もばらばらでありながら、料理という一点で結ばれた私たちは、稽古のたびに互いの工夫を分かち合い、うまくいかない悩みを打ち明け合い、少しずつ深い信頼で結ばれていきました。それは思いがけない宝物でした。

私が年齢を理由に及び腰になっていたとき、そっと肩を叩いて、遅れて始めたからこそ見える景色があるはずだと励ましてくれた仲間がいました。その一言に、どれほど胸を熱くし、前へ進む力をもらったか計り知れません。

逆に、私のほうが誰かの支えになれた瞬間もありました。人生でつまずいた経験を重ねてきたぶん、落ち込む若い仲間へかけられる言葉を、私は自然と持ち合わせていたのです。支え合いは、いつも一方通行ではありませんでした。

ともに汗を流し、同じ失敗に笑い合い、わずかな上達を我がことのように喜び合う、その積み重ねが、私の中の臆病な自分を少しずつ勇敢な自分へと塗り替えていきました。仲間の背中は、いつでも私の道しるべだったのです。

彼らと過ごす時間の中で、私は大切なことに気づきました。夢へ踏み出す勇気とは、生まれ持った特別な資質ではなく、誰かと思いを分かち合い、支え合う中で少しずつ育っていくものなのだ、ということです。

一人では越えられなかったであろう幾つもの壁を、私は仲間の存在のおかげで越えることができました。互いに手を差し伸べ合ったあの日々こそが、私を臆病な過去から解き放ち、新しい自分へと導いてくれたのだと確信しています。

稽古の合間に、それぞれが思い描く先の景色を語り合う時間も、私は心から愛おしく感じていました。誰かの温めるささやかな願いに触れるたび、自分の夢もまた誰かにとっての励みになりうるのだと思え、胸の奥がじんわりと温かくなったものです。

だからこそ、これから挑もうとする方へ伝えたいのです。踏み出す勇気は決して孤独の中で振り絞るものではなく、同じ志を持つ誰かと出会うことで、自然とわき上がってくるものなのだと。その出会いこそが、何よりの原動力になるのです。

まとめ

回り道を重ねた末に夢へ手を伸ばした私の歩みが、迷いの中にいるどなたかの心へ、小さな灯をともせたなら、これに勝る喜びはありません。改めて、私が伝えたかった思いを静かにまとめてみたいと思います。

未経験から、そして社会人としての務めを続けながら新しい道へ挑むことは、確かにたやすくはありませんでした。けれど、年齢や経歴が夢の前に立ちはだかる壁になるという思い込みは、多くの場合、自分の心が生み出した幻にすぎなかったのです。

私を包んでくれた学び直しの場には、志す気持ちさえあれば誰もが等しく迎え入れられる、温かな懐の深さがありました。年齢を問わずに挑戦できる環境が確かに存在するのだと、私は自分の身をもって知ることができたのです。

基礎から一つずつ積み上げた技術と、不安を抱えながらも手にした資格は、私の内側に静かな自信を宿らせてくれました。それは肩書きにとどまらず、これから先も学び続けるための、揺るがない幹となって私を支えてくれています。

限られた時間をやりくりし、家族に支えられ、同じ夢を見つめる仲間と励まし合いながら進んだ日々は、平坦ではないぶん一歩ごとの重みが違い、かけがえのない財産として今も私の胸に息づいています。

振り返れば、挑戦の日々は決して華やかなものばかりではなく、地道な繰り返しと小さなつまずきの積み重ねでした。それでも一つひとつを越えるたびに、以前より少しだけ広い景色が見えるようになり、その積み重ねが今の私を確かに形づくってくれたのだと感じます。

大切なのは、始める時期の早い遅いではなく、自分の願いへ正直であろうとする姿勢なのだと、私は身をもって学びました。踏み出したその瞬間から、暮らしの一つひとつが新しい意味を帯び、毎日がゆるやかに輝きを増していったのです。

もし今、かつての私のように、遅すぎるからと願いに蓋をしている方がいらっしゃるなら、どうか一度、心の奥の本当の声へ耳を澄ませてみてください。その声が指し示す先にこそ、あなたらしい道が静かにひらけているはずです。

調理師専門学校で学んだ日々が私に教えてくれたのは、料理を通じて人の笑顔に寄り添える喜びと、年齢を超えて挑む勇気の尊さでした。踏み出したその一歩が、あなたの毎日を鮮やかに彩ってくれることを、心から願ってやみません。

Goffredo