手を洗う回数を気にする人と気にしない人の間で開いていく実習台の上の差
数えている人と数えていない人で分かれる動き方
実習室を見渡していると、手を洗う場所へ向かう回数が人によってずいぶん違うことに気づきます。多い人は作業のたびに立ち、少ない人は始めと終わりだけで済ませているという分かれ方をします。
回数の多い人に理由を尋ねてみると、洗う動作を区切りとして使っていると答えが返ってきました。材料を変えるとき、道具を持ち替えるときに一度手を洗い、頭の中も切り替えているのだそうです。
一方で回数の少ない人は、動きを止めたくないという理由を挙げることが多いように感じています。流れを切らさずに進めたい気持ちは分かりますが、後の工程で混ざりが起きやすくなってしまいます。
どちらの人も学校の決まりそのものは守っているので、正しいか正しくないかという話ではありません。それでも仕上がりまでの落ち着き方には差が出てくるので、比べてみる値打ちがあると思っています。
作業の区切りとして手を洗うという考え方の違い
洗う動作を区切りとして使う考え方は、作業を段ごとに分けて見るという習慣ともつながっています。どこまで終えたのかを体の動きで確かめられるので、次に何をするかを見失いにくくなっていきます。
洗い場へ向かう数歩の間に、次の工程を頭の中で並べ直せるという点も、見落とせない利点でした。立ち止まる時間が惜しいようでいて、その数歩が後の迷いを減らしてくれることに気づかされます。
回数を増やすと、その分だけ布巾を替える回数も増えるため、支度の量も変わってきてしまいます。あらかじめ多めに用意しておく班とそうでない班とで、後半の動きに差が出る場面も見てきました。
調理師専門学校では、この動作を決まりとしてだけでなく、段取りの一部としても教わっています。資格を得た先の現場でも同じ形が続いていくので、料理の流れと合わせて身につける値打ちがあります。
まとめ
手を洗う回数の多さと少なさは、丁寧さの違いというよりも、作業をどこで区切るかの違いから生まれています。どちらの進め方にもそれぞれ言い分があるので、まずは自分がどちらに寄っているのかを知っておくとよいと思います。
区切りとして使っている人は迷いが少なく、流れを優先している人には速さが出るという形になって表れていました。どちらか一方に決めきってしまう必要はなく、工程によって使い分けられるようになると、動きに幅が出てきます。
実習の中で数日の間だけでも回数を数えてみると、自分の癖が思っていたよりもはっきりと見えてくるはずです。見えてきた癖をどう扱っていくかを自分で決められるようになれば、台の前での時間の使い方も変わっていきます。